19歳の時、その日はどうしても仕事に行きたくなくて途中下車して淀川の河川敷を見下ろせる斜面にボーッと座っていた。少し先の芝生にはゴルフパットを振って練習している人がいたが、私の頭の中は職場にも寮にも実家にも居場所がない気がして呆然としていた。
突然後ろから「ねえっ」と声を掛けられ振り返ると、ちょっと上に男の人が座っててびっくりして私は逃げようとしたら「大丈夫、何もしないから」と言ったのでじっとしていた。「いくつ?」「ジュウク」「オレニジュウゴ」「今日やすみ?」「ウウン…」「ガッコウ?シゴト?」「シゴト行きたくない」「なんかずっとそこにいるからこれはオレの出番かなと思って」「シゴト行かなあかんぞ」と笑った。
彼はレストランで働いていて将来料理人になって店を出すのが夢と言った。私が理容店で働いていると言ったら「怒られても櫛とかでチョンと叩かれるくらいやろ、オレなんか鍋飛んでくんぞ~」とか言って「オレの部屋直ぐそこだけど来る?」と言われた。19歳の私は男性には免疫も警戒心もなかったのでついて行った。
小さなアパートの2階の部屋で冷たいコーヒーを入れてくれた。また逢う約束をして電話番号の交換をした。
次のデートで凄く美味しいフレンチのレストランへ連れて行ってくれた。高かったと思う。私はまだメイクもあんまりしなくて口紅だけ付ける程度で、洋服もブラウスとフレアスカートにスニーカー、髪は肩までのくせ毛をふわふわさせているデートするには相応しくない自分だと思っていた。だけど彼は「オレはメイクしてる女はあんまり好きちゃうねん」と言ってくれた。
いつから遠のいたんだろうか、職場に電話があるとまわりの上司に冷やかされ、寮の友人にも彼氏が出来たから付き合い悪いと冷たく言われ、家に電話があると父や母は「誰や」と怒る。そんな事が続いて何となく離れて行った気がする。
彼は村瀬くん。私の手も握らなかった。
だけど優しかった。
なぐさめるとか、叱るとか、そんな事しない、ただそっと、わけがわからなくなったパニック状態の私に寄り添って、側に座っていてくれた。
どうして私はその人をしっかり捕まえて置かなかったんだろうか。
大好きだった。
阿倍野のレストランだと言っていたけど、何処なんだろう。もう自分の店は出せたかな。上手く行ってるといいな。もう結婚して子供もいて、その子も大きくなっているのだろうか。会いたいよ。
会ってお礼を言いたいよ。
19歳の私は理想の私。
純粋で何もこわくない
着飾らなくても見栄を張らなくても
お金がなくても
居場所がなくても
人を信じられた。
戻りたい。
多分一生忘れない名前
村瀬くん