8月13日。
今日は雨がどんなに降ってもお墓参りに行こうと決めていた。
朝晴れていたけど、徐々にどんよりとした鼠色の雲が重く空に広がって来ていた。
ローソンでいつもの「のどごし生ビール」と小さい羊羮を2個、自分用にポカリスエット500mlのペットボトルを買う。花屋で花を選んだ。多分枝から落ちてしまっただろうと思われるほおずきが小さな籠に4個だけ売っていた。懐かしい。父の田舎からお婆ちゃんがいろいろな野菜と一緒に幾つか送って来てくれて、丸い実を手でグチュグチュ揉んで中の種をつま楊枝を使って出す。皮だけになったほおずきの風船を口の中に入れて「ぶう~ッ」て鳴らすんだ。
会計を済ませて一度は出た店へもう一度戻って「これお供えに2個買います」
電車の中でポカリは一気飲みした。
強い雨が車窓を叩くようにいきなり降って来た。
晴れてるのに急に雨が降るのはご先祖様のサインだと言われているらしく、私は父が今帰って来たな、迎えに来いと言ってるなと思った。
駅のローソンで雨合羽を買う。
これなら傘を持たずにお参り出来るさ。
バスがちょうど停まっていた。
合羽を買って傘も直ぐ出せるように用意したにもかかわらず、雨はやんだ。
小さなお寺には誰も居なかった。
もっと早い時間に来たであろう人達の供花がたくさんあった。
雨上がりの中、濡れた墓石の横にあるろうそく立てに灯を灯す。お線香の煙りは良い薫り。
お花を飾り、ビールと羊羮とほおずきをどうぞ。ここに父の骨があるんだ。「迎えに来たよ。」
お参りはアッと言う間に終わる。
帰るよ。
まだまだ燃え尽きないろうそくも線香も消して、お供えも持って帰るから引き上げる。
来た時と同じお地蔵様に挨拶をして門を出た。
誰にも会わない不思議な時間だった。
雨は止んでいたので、いつものように15分位歩いて父の住んでいたマンションまで歩く。
リノベーションが進んでグレーのペンキが塗られてカッコよくなっていた。
でも、前のベージュっぽい建物に赤い螺旋階段の方が私は好きだなと心で思った。
もう2週間前に引き払ったから鍵はない。
もうスーパーで食料を買ってあの部屋で一緒にご飯を食べる事はないのだ。
楽しかったな。
一緒に歩いて焼き肉を食べに行き、「コーヒー飲みに喫茶店行こ」と父は言ったんだ。
何度か繰り返し行った喫茶店と言うよりカフェへ今日も行く。
後ろから父の魂が付いてきている気はする。
日が照って暑いし歩くのも疲れる。
父にこんなに歩かせてごめんと心で言った。
けど多分魂だとふわふわ浮いて付いて来るんだからしんどくないよね。
一緒にコーヒー飲もう。
「アルキミスト」
父が亡くなる日の朝、あまりにも暇過ぎて病院のコンビニで文庫本を買った。皆が立ち読みするから少し薄汚れていたけど、数少ない中ではそれがまだ一番読もうかなと思わせるような予感がした。
結局5分の1位しか読めない内に、死んじゃったよね。
今日続きを読もうと思ったら、すっかり内容を忘れていて、最初から読む事になった。
不思議と最初から読んでも凄い新鮮で、深い。
あの時は全然ちゃんと読めてなかったのかな。
気を逸らせる為の読書だったのだ。
父の亡くなった病院で亡くなった日に買った本。
ずっとそこに居たかった。
懐かしい居心地の良いカフェ。
だけど帰らなきゃ。
席を立ったその時、いつも父が座っていた真ん中の大きなテーブル席の端に、本当に父がいた。
いつものベージュの野球帽を被り眼鏡を掛け背中を少し丸めてテーブルに肘を付いてなにかを読んでいる。
そんなはずない。
けどあれは父だ。
カフェを出るとき何度も何度も振り返った。
別人だと知っている自分と、奇跡を信じる自分。
奇跡を信じる事は出来なかった。
店を出てから後悔した。
横に立って、トントンといつものようにしたら、「おうーっ」とびっくりしたように大きな高い声で、眼を煌めかせて答えてくれたかも知れないのにと。
だけど、はっきり人違いとわかって「すみません」と言うのは悲しい。
あれは父だ。絶対そうだ。
帰って来たんだ。ここにも。
さあ、今日は一緒に飲もう。
ビールもワインも用意した。
16日の送り火まで一緒に過ごそう。
お盆て家族や親しかった人と故人を迎えて一緒にご飯を食べるらしいけど。
母の所へ行くのは何か違う気がしている。
父の気持ちは本当はどうなのかわからないけど、会えばまた喧嘩すると思うし、母は父の話をすれば悪口になるから、一緒に父を偲ぶ事は出来そうにない。私の心との温度差がありすぎる。こんな父への思いを分かち合える人は何処にもいない。
父と2人きりが一番いい。
存分に父を思い、懐かしみ、悲しみ、思い出に浸る事が出来るのは今ひとりの私。
こんな初盆も幸せなのかも。