心の奥底にある恐怖

子どもの頃、知り合いのおじさんやおばさん、親戚の人等、久しぶりに会うと決まって「大きくなったなあ」と言われた。子どものわたしはそれが嫌だった。子どもながらに、子どもは小さければ小さい程、可愛いと知っていたからだ。いつも、「ああ、また大きくなってしまった」と感じさせられた。母に「もう大きいんだから」と言われ、わがままや失敗を許されなくなったり、甘えられなくなる気がした。

大人の立場から見ると子どもの成長は早いから、久しぶりに友人の子どもを見るとやっぱり「大きくなったなあ」と言ってしまう。

わたしは20代頃から自分の年齢を隠すようになった。何歳かを聞かれるのが異常なまでに嫌なのだ。

こんな歳になってまでまだバレエをやってるのとか、結婚しないのかとか、誰かに言われるわけではなくても思われそうで嫌なのだ。

誕生日は嫌い。年が増える。老いる。死が近づく。負の感情の方がどうしても勝ってしまう。

歳を重ねる事の素晴らしさ、美しく老いるとか、心の成長とかいろいろ言うけれど、やっぱり自分より若い人が羨ましくて眩しくみえる。

年齢なんか関係ない、今が一番若い。

歳を忘れて、やりたい事に夢中になる。

いつも自分にそう言い聞かせて、毎日毎日を必死で生きている。

私は何歳まで生きられるのだろう、80代?何年か後?それとも突然病気が見つかるとか、事故に会うとか?

心の奥底に暗い魔物が潜んでいるかのように、私は怯えている。

バガヴァッド・ギーターを読んでいる。

「生まれたものに死は必定であり、死んだ者には生は必定であるから。」

「死ぬのは怖くない」と言う境地になりたいけれど、やはり死ぬのは怖いし、死にたくない。病気にもなりたくない。老いたくない。ひたすら生にしがみつきもがいている。

親の死に直面したり、歳の近い人の病や死を見聞きすると、とても怖くなる。

なぜだろう。

子どもの頃「人間は100歳まで生きられるんだって」と友達に聞いたけど、自分が死ぬとか思ってなかった。世界が広くて、大きくて、自分が行ったことのない場所ヘ行きたくて、どんな事も頑張れば出来ると思っていた。夢しかなかった。前に進む事しか考えてなかった。

いつからしんどくなったのかなあ。昔もしんどかったのかも知れないけど忘れてしまったのかなあ。

「夜と霧」のヴィクトル・フランクルが「あなたが人生に問われているのだ」と言った。

自分に起こる事のすべてを受け入れ、それにどう対応していくのか、それだけなのだと。

まだまだ私には遠い境地だ。