マンションの鍵を返しに行った。
最後に母の顔を見て
何も言わず手を振った。
ドアを開ける前の
「はーい」と言う声が最後なのかな。
母の顔が他人に見えた。
ずっと見ていたはず
長く一緒に居たはずなのに
別れて3分後には
もう顔が薄れてよく思い出せない。
亡くなった父の顔は
いつもはっきり目の前に現れるのに
そして明るい表情や声が聞こえるのに
母のそれは暗く皺の寄った横顔らしきものが何となく浮かぶだけで
本当に私の母なのだろうか。
あの人から生まれたのか
何か信じられない。
血は繋がっているらしいけど。
もっと涙が出るのかと思ったけど
全然大丈夫だった。
母がこの事で心配してくれるだろうと
心の奥底で
微かに期待してしまう自分が情けない。
母が死んでも
父の時のように泣けない予感があった。
母は
裏切られたと私を恨むだろう。
妹と、私と父の悪口を言うだろう。
私は彼女らにとって悪者になろう。
父の心の方を選ぶ。
父とは隠し事一切無しに
お腹で思っていること感じた事
向き合っていっぱい話した。
本音で駆け引き無しで話せる相手は
父ひとりだった。
父にとっても私はそんな存在だった。
母とは生まれて来て今まで
一度もそんな話をしたことがない。
と言うより
父の悪口を言い続けるだけで
深い話はしたことがない。
いつも機嫌が悪くなると
黙り込んで無視し続ける人だった。
信頼出来る友達も居なくて
他人と関わって行こうとしない人。
寂しそうに見えるけど
本人はそれがいいのだろう。
父は真逆で
とにかく人と関わろうとする人で
嫌われたり憎まれたりもしたけど
慕われたり感謝されたりもした。
私は父のように生きたい。
父の血と魂が私の中にある以上
彼女とは繋がれない。
表面上仲良くしてて
面倒な介護や死後の処理作業だけを
私に押し付けられたくない。
私だけ誘ってくれなかった友達に
都合良くその時だけ良い顔して
お願いされても断るよね。
家族でも他人。
私が幸せである為に
自分を自分で守る為に
清々しい今日がある。